夜間、私が巡回で病室に入ると、布団の中にいた”シイさん”はまんまるな目を大きくあけて「おじいさんおかえり。風呂にするかい、それともごはん食うかい」と声をかけてきます。私が「ここは病院ですよ、ぼくは看護師です」というとシイさんはびっくりした顔をして跳ね起き「そりゃぁ大変だ、早く家に帰らなきゃ、わしは病院なんかに用はねぇ」と廊下を歩き始めます。徘徊の始まりです。
別の夜。おなじようにまんまるの目を大きく開けて私に声をかけるシイさんに「ばぁさんただいま。おそくなっちまった。ごはんはいいよ。風呂に入ってくるから、さきに寝ていてくれ」と返事をすると、シイさんは安心した顔で眠りにつきました。私はこのとき認知症のかたの気持ちに寄り添うことの基本を教わった気がしました。二十数年前、私自身が新人看護師として精神科病院に勤め始めたころに体験した出来事です。
「認知症高齢者である入居者様が、ご自分の存在についてどのように感じ、どのように生きようとされているかを理解することに努める」このPAOの理念はシイさんが授けてくださったものです。
この理念を掲げて世田谷区経堂の地にグループホームを開設させていただき、早いもので5年の月日が過ぎてしまいました。
この間、利用者様をはじめ多くの方のご協力や支えがあってPAO経堂は進化をしてまいりました。今後とも初心を忘れずに精進し、入居者様おひとりおひとりの「思い」やご家族様の「願い」を実現するケアを実践してまいりたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
株式会社PAO代表取締役 北田 信一